2009'11.08 (Sun) 21:23
村上春樹の1Q84の中で初めて知った言葉、「ディスレクシア」。いわゆる、読字障害のことである。
学習意欲が本当はあるのに声に出して読んだ時点から内容を忘れていったり、とにかく症状は十人十色だそうである。
唯一、すべてのディスレクシアに共通するのが、読み書きの習得についてと自分の考えを正しい言葉で表現することが苦手だということ。だからこそ、専門医でないと診断はできず、たとえ障害者としてみられなくても日常生活ではただ「怠けてる」「苦手なだけ」と思われがちなそうです。しかし、勿論、知能には問題はないそうなんです。
確かに私が小学生のころ、先生から指示されて教科書を音読する際に教室の中で大きな声を出すことに集中してしまって読んだ後、全く内容が頭に入ってなかったこともあった。先生に「あなたは、すごく大きな声で上手に読んでますが、内容頭に入ってますか?」と聞かれそういえばよくわかってないなあと感じたことはあった。ただ、ちゃんと意識して読めば頭に入ってくるので私の場合はディスレクシアではなかったのであろう。
神山忠(岐阜県立関特別支援学校 教諭)が講義でおっしゃられるには、
「私が文字を見たとき、まずどんなふうに見えるかということをお伝えしたいと思います。白いキャンバスに黒ごまや黒大 豆が、こんなふうにばらまかれているように見えます」

「何かな?何かな?うーん、文字だ」。読んでと言われてもなかなか読めなくて、授業中なんかすごいドキドキしている んですが。と書かれています。
確かに教科書を見るたびにこんな風に文字が目に入ってしまったら読むのがすごく大変に思えますね。
みなさんは上に書いてある文字はよめましたか?
答えのようなものは、今回のブログの最後に書いておきます。
このあいだ、ニュースの中の特番でディスレクシアをなんとか克服することができるソフト、「デイジー
」(DAISY)を紹介していた。音声で読み上げてくれて、読んでいるところをハイライトにしてくれるソフトだそうな。

こんな風にみえている文字も、

ハイライトにすることによって読めるようになるようです。素晴らしいですね。
私らの仲間の I 先生が10月で在宅リハビリマッサージ事業部を退職された。
長渕剛が好きで定期的に長渕カラオケというのをやっていて朝まで全曲長渕の曲をうたいまくるらしい。
一応、私らもお別れ会のようなものを開いてカラオケBOXに先日行ってきた。実は私も長渕ファンの一人なのでバンバン長渕の曲を入れたのだが、ある曲がかかったとき、いわゆる I 先生の長渕カラオケのオープニングナンバーが判明した。
そのサビは、♪〜女好きはおいらの悪い癖 でも遊びなんかじゃないよ〜
機嫌なおして 来いよ 来いよ 俺らの家まで
という歌詞なのだが、通常長渕のコンサートでは機嫌なおしてのあとは、剛(つよし)!!とファンが合いの手の掛け声をすることになっているのだがそこでは、ヒロシ!!になっているそうな・・・。
確かに、I 先生「女好き」(おんなずき)だしな・・・。
辞めていった I 先生には、品川接骨院グループはどうみえていたんだろう?在宅リハビリマッサージ事業部はどうみえていたのかな?介護の世界はどうみえてたのかな?
ディスレクシアではないが、デイジーのようなものを使ったら、I 先生にも我が在宅リハビリマッサージ事業部がもっとよくはっきり、見えたのかもしれないのかなあ・・・。
文字は LIFE と読めるらしい。みなさん読めました?
学習意欲が本当はあるのに声に出して読んだ時点から内容を忘れていったり、とにかく症状は十人十色だそうである。
唯一、すべてのディスレクシアに共通するのが、読み書きの習得についてと自分の考えを正しい言葉で表現することが苦手だということ。だからこそ、専門医でないと診断はできず、たとえ障害者としてみられなくても日常生活ではただ「怠けてる」「苦手なだけ」と思われがちなそうです。しかし、勿論、知能には問題はないそうなんです。
確かに私が小学生のころ、先生から指示されて教科書を音読する際に教室の中で大きな声を出すことに集中してしまって読んだ後、全く内容が頭に入ってなかったこともあった。先生に「あなたは、すごく大きな声で上手に読んでますが、内容頭に入ってますか?」と聞かれそういえばよくわかってないなあと感じたことはあった。ただ、ちゃんと意識して読めば頭に入ってくるので私の場合はディスレクシアではなかったのであろう。
神山忠(岐阜県立関特別支援学校 教諭)が講義でおっしゃられるには、
「私が文字を見たとき、まずどんなふうに見えるかということをお伝えしたいと思います。白いキャンバスに黒ごまや黒大 豆が、こんなふうにばらまかれているように見えます」

「何かな?何かな?うーん、文字だ」。読んでと言われてもなかなか読めなくて、授業中なんかすごいドキドキしている んですが。と書かれています。
確かに教科書を見るたびにこんな風に文字が目に入ってしまったら読むのがすごく大変に思えますね。
みなさんは上に書いてある文字はよめましたか?
答えのようなものは、今回のブログの最後に書いておきます。
このあいだ、ニュースの中の特番でディスレクシアをなんとか克服することができるソフト、「デイジー
」(DAISY)を紹介していた。音声で読み上げてくれて、読んでいるところをハイライトにしてくれるソフトだそうな。

こんな風にみえている文字も、

ハイライトにすることによって読めるようになるようです。素晴らしいですね。
私らの仲間の I 先生が10月で在宅リハビリマッサージ事業部を退職された。
長渕剛が好きで定期的に長渕カラオケというのをやっていて朝まで全曲長渕の曲をうたいまくるらしい。
一応、私らもお別れ会のようなものを開いてカラオケBOXに先日行ってきた。実は私も長渕ファンの一人なのでバンバン長渕の曲を入れたのだが、ある曲がかかったとき、いわゆる I 先生の長渕カラオケのオープニングナンバーが判明した。
そのサビは、♪〜女好きはおいらの悪い癖 でも遊びなんかじゃないよ〜
機嫌なおして 来いよ 来いよ 俺らの家まで
という歌詞なのだが、通常長渕のコンサートでは機嫌なおしてのあとは、剛(つよし)!!とファンが合いの手の掛け声をすることになっているのだがそこでは、ヒロシ!!になっているそうな・・・。
確かに、I 先生「女好き」(おんなずき)だしな・・・。
辞めていった I 先生には、品川接骨院グループはどうみえていたんだろう?在宅リハビリマッサージ事業部はどうみえていたのかな?介護の世界はどうみえてたのかな?
ディスレクシアではないが、デイジーのようなものを使ったら、I 先生にも我が在宅リハビリマッサージ事業部がもっとよくはっきり、見えたのかもしれないのかなあ・・・。
文字は LIFE と読めるらしい。みなさん読めました?
2009'10.02 (Fri) 12:37
「先生、少し聞いてもらいたい話があるんですけど・・・。」ある患者さんの娘さんからお宅に伺ったときにいわれた。
なんのことだろうと、気軽にいいですよと話を聞くことに。患者さんの娘さんは介護関係の資格をお持ちで、日々そういった介護の仕事でいそがしい毎日をすごしてらっしゃる。
シルバーセンター(デイサービス)にも仕事で行っていたりもする。
娘さん「私の行っているセンターの利用者で障害者の方がいるんですが、その方の訪問マッサージに来る方が毎回リハビリをめいいっぱいやるそうで、疲れ果ててそのあとずっと寝てしまうらしいんですが、先生どう思いますか?」
私「障害者にめいいっぱいですか?それはちょっとやりすぎかもしれないですね・・・。」
娘さん「そうですよね、近く会議があるのでそのことを話し合おうと思うんですが・・・。」
その時は、そんなやりとりでその話は終わったんです。
それから、1か月くらいたってからもう一度その娘さんにそのことを相談されたんです。
「そのマッサージ師は近くの接骨院から来てるかたらしくて、今だにめいいっぱいリハビリをやってるせいで、本来デイサービスに水、土と来る予定なんですが疲れちゃって水曜日はこれないと本人が言ってるそうなんですが、先生の接骨院の近くの人なんですが、知りませんか?Aさん?」
私「Aさん!!」
Aさんは脊柱管狭窄症のおばあちゃんで87歳でご主人と二人で住んでいる。今年の1月に帯状疱疹になってベッドで3週間ほど寝ていたら動きが悪くなり歩行が困難になってしまった。
2月になんとかしてほしいと接骨院に直接ご主人が訪ねてきて私が行くことになった。
訪問してみて体の状態を診てみると関節可動域がかなり限定されていたのでそこを広げる運動とともに徐々にリハビリ運動を加えていった。
そのおばあちゃんが施術中「また、センターにいけるかなあ?」というのが口癖で私に何度も聞いてきたので「大丈夫、がんばればきっといけます、まずは感覚をとりもどしましょう!」とはげましながらいっしょにがんばってもらっていた。
4月の中旬にケアマネジャーの方からそろそろセンターにいけますか?というお電話を頂いた。
Aさんの家の前はゆるやかだがしっかりした階段がある。「えーと、階段を登る練習をしてないのでまだ返事はできないのですが、ちょっと訓練に加えてみます。」と私。
それから、骨盤を調整しながら最初は玄関まで、その次の回は階段の手前まで、その次は階段1段まで、4月終わりを迎えるころようやっと階段を上りきった。
階段の上の広場にイスをもっていってAさんにすわってもらい、春の花や草木が咲いているのをAさんと二人でみて「春ですね〜。どんどん伸びてますね〜。」と二人で話あったりした。
ケアマネージャーさんに「Aさん、センターにいけますよ。」と連絡をとりいよいよセンターにいけるようになった。Aさんはその間、「リハビリをやったあとはぐっすり寝ちゃうのよ、疲れちゃってね〜。」と私にも話してくれたがたぶんキツイのだろうなあとは感じていたが心を鬼にして階段昇降を続けた。
センターのバスが迎えにくる朝、その前にAさんを施術して各関節をゆるめて万全の態勢でのぞんだ。いつもよりちょっとおしゃれをしたAさんは帽子をかぶりうれしそうにバスをまっていた。
バスに乗り込んで私に満面の笑顔と少しの涙をながしながら手をふるAさんを乗せてバスは出発した。
そこから、2週間ほどして訪問して同意書を書いて頂いてるお医者様から血圧が高いのであまり無理をさせないでくださいと報告が入った。
ケアマネジャーさんの方からもあまり疲れさせないでほしいと連絡を頂いた。
なのでマッサージ中心の施術内容にきりかわり、現在はほんの少しの関節運動をしてもらってる。施術回数も少し減らした。
そのせいもあってAさんの運動能力は次第に下がっていったが総合的にみてしょうがないかなあと思っていた。
「最近は階段を昇るのがつらくて水、土と行く予定のセンターに土曜しかいかなくなっちゃったのよ。」と言われた。それでも土曜日行ってきた話を毎回楽しそうに話してくれるAさん。
そのAさんが、水曜日に行かない理由を「リハビリがきついので」とセンターの職員に話して、そこから介護スタッフに話題になり、私に回りまわって相談されるとは・・・。
うーん・・・、めいいっぱい・・・・。
なんのことだろうと、気軽にいいですよと話を聞くことに。患者さんの娘さんは介護関係の資格をお持ちで、日々そういった介護の仕事でいそがしい毎日をすごしてらっしゃる。
シルバーセンター(デイサービス)にも仕事で行っていたりもする。
娘さん「私の行っているセンターの利用者で障害者の方がいるんですが、その方の訪問マッサージに来る方が毎回リハビリをめいいっぱいやるそうで、疲れ果ててそのあとずっと寝てしまうらしいんですが、先生どう思いますか?」
私「障害者にめいいっぱいですか?それはちょっとやりすぎかもしれないですね・・・。」
娘さん「そうですよね、近く会議があるのでそのことを話し合おうと思うんですが・・・。」
その時は、そんなやりとりでその話は終わったんです。
それから、1か月くらいたってからもう一度その娘さんにそのことを相談されたんです。
「そのマッサージ師は近くの接骨院から来てるかたらしくて、今だにめいいっぱいリハビリをやってるせいで、本来デイサービスに水、土と来る予定なんですが疲れちゃって水曜日はこれないと本人が言ってるそうなんですが、先生の接骨院の近くの人なんですが、知りませんか?Aさん?」
私「Aさん!!」
Aさんは脊柱管狭窄症のおばあちゃんで87歳でご主人と二人で住んでいる。今年の1月に帯状疱疹になってベッドで3週間ほど寝ていたら動きが悪くなり歩行が困難になってしまった。
2月になんとかしてほしいと接骨院に直接ご主人が訪ねてきて私が行くことになった。
訪問してみて体の状態を診てみると関節可動域がかなり限定されていたのでそこを広げる運動とともに徐々にリハビリ運動を加えていった。
そのおばあちゃんが施術中「また、センターにいけるかなあ?」というのが口癖で私に何度も聞いてきたので「大丈夫、がんばればきっといけます、まずは感覚をとりもどしましょう!」とはげましながらいっしょにがんばってもらっていた。
4月の中旬にケアマネジャーの方からそろそろセンターにいけますか?というお電話を頂いた。
Aさんの家の前はゆるやかだがしっかりした階段がある。「えーと、階段を登る練習をしてないのでまだ返事はできないのですが、ちょっと訓練に加えてみます。」と私。
それから、骨盤を調整しながら最初は玄関まで、その次の回は階段の手前まで、その次は階段1段まで、4月終わりを迎えるころようやっと階段を上りきった。
階段の上の広場にイスをもっていってAさんにすわってもらい、春の花や草木が咲いているのをAさんと二人でみて「春ですね〜。どんどん伸びてますね〜。」と二人で話あったりした。
ケアマネージャーさんに「Aさん、センターにいけますよ。」と連絡をとりいよいよセンターにいけるようになった。Aさんはその間、「リハビリをやったあとはぐっすり寝ちゃうのよ、疲れちゃってね〜。」と私にも話してくれたがたぶんキツイのだろうなあとは感じていたが心を鬼にして階段昇降を続けた。
センターのバスが迎えにくる朝、その前にAさんを施術して各関節をゆるめて万全の態勢でのぞんだ。いつもよりちょっとおしゃれをしたAさんは帽子をかぶりうれしそうにバスをまっていた。
バスに乗り込んで私に満面の笑顔と少しの涙をながしながら手をふるAさんを乗せてバスは出発した。
そこから、2週間ほどして訪問して同意書を書いて頂いてるお医者様から血圧が高いのであまり無理をさせないでくださいと報告が入った。
ケアマネジャーさんの方からもあまり疲れさせないでほしいと連絡を頂いた。
なのでマッサージ中心の施術内容にきりかわり、現在はほんの少しの関節運動をしてもらってる。施術回数も少し減らした。
そのせいもあってAさんの運動能力は次第に下がっていったが総合的にみてしょうがないかなあと思っていた。
「最近は階段を昇るのがつらくて水、土と行く予定のセンターに土曜しかいかなくなっちゃったのよ。」と言われた。それでも土曜日行ってきた話を毎回楽しそうに話してくれるAさん。
そのAさんが、水曜日に行かない理由を「リハビリがきついので」とセンターの職員に話して、そこから介護スタッフに話題になり、私に回りまわって相談されるとは・・・。
うーん・・・、めいいっぱい・・・・。
2009'09.06 (Sun) 20:13
「ポータブルトイレ」シリーズ?で書かせて頂いたTさん。徐々によくなったのはいいが、私が行く時間とデイケアに行く以外は積極的に何かをやるという気力がなくなってしまっていた。
例えば、料理を手伝ったり洗濯物の整理をしたり以前はけっこうテキパキとやっていたようなのだが・・・。
介護をしている娘さんもそれを見ていてずっと考えていたようだ。
神奈川県のTさんの家に引っ越そう・・・と。
ただ、私が懸命に母親とリハビリ運動をしているのを毎回見ていてなかなか決心がつかなかったようだ。そして、そのことを伝えてきたのは7月に入ってからだ。
娘さん、「先生、神奈川県のある町まで来てもらえないかしら?」
私「えっ!!、ちょっとそこまでは、遠いんですけど・・・。」
娘さん「実は、かくかくしかじかこういった事情で残り少ない人生なら母の家でいっしょに暮らそうとずっと考えていたんです。ただ、前に神奈川県でうけてたリハビリマッサージはお話ばかりされていてあまり、熱心じゃなくてできれば先生に来てほしいんですけど・・・。」
私「うーん、今すぐにはちょっと返事ができないので・・・。」とその日はやんわりと。
地図を広げて距離をみても確かに遠い・・・、晴れた日はいいけど、雨や風の日はつらくなるだろうなあ・・・と考えて他の先生にも相談したところ、やっぱり行かないことに決定。
後日、そのことを伝えたら娘さんもやっぱり・・・という感じであきらめてくれました。
Tさんの施術最後の日に「これからはもう、僕といっしょにリハビリ運動はできません、ただし、今までやってきたリハビリメニューと施術内容を書いて娘さんに渡しました。むこうでPTさんがくるかリハビリマッサージ師がくるかはわかりませんがみせてTさんも協力して、夢(ポータブルではない通常のトイレに一人で行って用をたすこと)をかなえてみてください。」と7月の半ばにTさんとお別れをしました。
私がけっこうきつく負荷をかけてやっていたときに「青春時代に、ものすごく重いものを持たされた時のことを思い出す」と歯を食いしばりながらやってくれた筋無力症のスーパーおばあちゃん、Tさん。
そして、9月に入ったとたん、娘さんから電話がかかってきた。
「先生、母が一人でトイレに行きました!!。母に電話変わりますね。」事務所でとった携帯電話に突然のことだったので「はあー・・・よかったですね・・・。」となんともだらしのない返事の私。
Tさん私がやっていた時と同じに「先生、昨日はトイレ7回も行きました!ありがとうございました。」とちゃんと回数まで報告してくれた。
その場ではまだ何が起きてるのかが把握できなかったが時間がたつにつけうれしさがにじみ出てきた。
そして、Tさんが私がいなくてもきちんとがんばっていたことをほめていない自分がいたので急いでハガキをおくった。
![CAXNE18E_convert_20090906213817[1]](http://blog-imgs-31.fc2.com/w/i/n/wingsofhope/20090906214001be5.jpg)
ピロウズの「Funny Bunny」は本来は若者に贈るような歌だけど、今回は89歳のスーパーおばあちゃんにおくります。
♪〜世界は今日も簡単そうにまわる そのスピードで涙も乾くけど
キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を 選んで 走ってきた
飛べなくても 不安じゃない 地面は続いているんだ
好きな場所へ 行こう キミなら それができる
例えば、料理を手伝ったり洗濯物の整理をしたり以前はけっこうテキパキとやっていたようなのだが・・・。
介護をしている娘さんもそれを見ていてずっと考えていたようだ。
神奈川県のTさんの家に引っ越そう・・・と。
ただ、私が懸命に母親とリハビリ運動をしているのを毎回見ていてなかなか決心がつかなかったようだ。そして、そのことを伝えてきたのは7月に入ってからだ。
娘さん、「先生、神奈川県のある町まで来てもらえないかしら?」
私「えっ!!、ちょっとそこまでは、遠いんですけど・・・。」
娘さん「実は、かくかくしかじかこういった事情で残り少ない人生なら母の家でいっしょに暮らそうとずっと考えていたんです。ただ、前に神奈川県でうけてたリハビリマッサージはお話ばかりされていてあまり、熱心じゃなくてできれば先生に来てほしいんですけど・・・。」
私「うーん、今すぐにはちょっと返事ができないので・・・。」とその日はやんわりと。
地図を広げて距離をみても確かに遠い・・・、晴れた日はいいけど、雨や風の日はつらくなるだろうなあ・・・と考えて他の先生にも相談したところ、やっぱり行かないことに決定。
後日、そのことを伝えたら娘さんもやっぱり・・・という感じであきらめてくれました。
Tさんの施術最後の日に「これからはもう、僕といっしょにリハビリ運動はできません、ただし、今までやってきたリハビリメニューと施術内容を書いて娘さんに渡しました。むこうでPTさんがくるかリハビリマッサージ師がくるかはわかりませんがみせてTさんも協力して、夢(ポータブルではない通常のトイレに一人で行って用をたすこと)をかなえてみてください。」と7月の半ばにTさんとお別れをしました。
私がけっこうきつく負荷をかけてやっていたときに「青春時代に、ものすごく重いものを持たされた時のことを思い出す」と歯を食いしばりながらやってくれた筋無力症のスーパーおばあちゃん、Tさん。
そして、9月に入ったとたん、娘さんから電話がかかってきた。
「先生、母が一人でトイレに行きました!!。母に電話変わりますね。」事務所でとった携帯電話に突然のことだったので「はあー・・・よかったですね・・・。」となんともだらしのない返事の私。
Tさん私がやっていた時と同じに「先生、昨日はトイレ7回も行きました!ありがとうございました。」とちゃんと回数まで報告してくれた。
その場ではまだ何が起きてるのかが把握できなかったが時間がたつにつけうれしさがにじみ出てきた。
そして、Tさんが私がいなくてもきちんとがんばっていたことをほめていない自分がいたので急いでハガキをおくった。
![CAXNE18E_convert_20090906213817[1]](http://blog-imgs-31.fc2.com/w/i/n/wingsofhope/20090906214001be5.jpg)
ピロウズの「Funny Bunny」は本来は若者に贈るような歌だけど、今回は89歳のスーパーおばあちゃんにおくります。
♪〜世界は今日も簡単そうにまわる そのスピードで涙も乾くけど
キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を 選んで 走ってきた
飛べなくても 不安じゃない 地面は続いているんだ
好きな場所へ 行こう キミなら それができる
2009'08.09 (Sun) 21:32
♪〜 わたしは その手がすきです
ただ毎日をまっすぐ生きて
わたしたちを育て旅立たせてくれた
あなたの その手が好きです
Mさんは、脳梗塞後遺症による高次機能障害と廃用症候群で要介護5の87歳のねたきりのおばあちゃんです。
はじめは二番目の娘さんの家で介護されていたのですが、順番で東京の末っ子の娘さんの家で介護されることになりました。
完全に寝たきりなのですが、それまで二番目の娘さんがマッサージが上手だったとのことで、それを引き継ぐ形で私が呼ばれてマッサージをやる形になりました。
Mさんは、目に意思があまり感じられず、失語症もあり、眠ってるときの方が多いです。
引き継がれた当初は、末っ子の娘さんも介護に気合が入っていて、24時間がんばってしまって、その結果娘さんの方が、1カ月後にダウン。風邪で寝込んでしまったようです。
施術は軽擦が中心で各関節拘縮予防のためのROM運動も少しずつ入れて行っています。施術回数を重ねてくると徐々に表情もわかってきて今日は調子よさそうだなあという日もでてきたりもします。
ある時私が施術に行くと、顔を真赤にして手が振るえて目をむき出しにしてた時があったので脈を数えたところものすごく速く、これは尋常ではないぞと思い娘さんに言ったところ、「そうかしらね、寝れてないのは確かみたいだけど・・・」と介護慣れしてきた時分でいつもこんなもんじゃなかったかしらなんて感じで受け答えされたんです。
その後すぐにお医者さんに連絡したところ、血圧がすごい高い状態にあって一晩中興奮状態を続けていた様子に近かかったと話されて、すぐに血圧を下げる薬を使ったらやっと、すやすやと眠られたそうで。
正直、ナボナの患者さん(以前にこのブログで{ナボナ}で書いた人)が亡くなった時期だったのホッとしました。
その後も、あまりいい表情は見せないMさんを施術しながら、今日は大丈夫かな?と思いながら行っていました。
ある時、ものすごく穏やかな表情を見せている時があったのでどうしたんだろう?と思って施術しているとその部屋に1番目の娘さんという人が「九州の方から出てきて2週間ほど泊って世話するんですよ。」と入ってきた。
その方に、「やっぱり、一番上のお姉ちゃんが来るとうれしいんですね、こんなに穏やかな表情のMさん初めてなんですよ。」と言うと「やっぱり、そうなのかあ〜、おかあちゃん、わかるんやね〜。」といつもなら、焦点の定まらない目になんとなく力が感じられるようでやっぱり感情も生きているんだなあと関心しました。
2週間して九州の方に帰られるとまたいつもの表情に戻ってしまったMさん。
そんなMさんの手は内在筋マイナス手ですごく変形している。もちあげると振るえが出るのでなるべく軽くふれる。親指も反りかえり、脳梗塞特有の拘縮ではない、いつもふれる度にうーんと唸ってしまうようなそんな手である。
先日、施術に訪れると、なんと福山雅治のニューアルバムがそこにあったので、介護している娘さんに「いいアルバムですよね?」ときくと「福山雅治のライブにもこの間行ってきたんですよ!!」と普段介護疲れしている表情から、パアーッと明るい表情に。
「どの曲が一番好きなんですか?」とたずねると「道標が好きです。」と答えた。
「道標!!」
やはり、どの娘さんもお母さんを愛してらっしゃるんだなあ!!
♪〜 わたしは その手がすきです
ただ毎日をまっすぐ生きて
わたしたちを育て旅立たせてくれた
あなたの その手が好きです
雨に打たれても土に触って
ひとつひとつ種を蒔く背中は
諦めた夢もきっとあるでしょう
だけど わたしには笑顔で・・・
愛に出逢い 愛を信じ 愛にやぶれて
愛を憎み 愛で赦し また愛を知る
風に吹かれ 迷いゆれて 生きるこの道
あなたの笑顔 それは道標
ただ毎日をまっすぐ生きて
わたしたちを育て旅立たせてくれた
あなたの その手が好きです
Mさんは、脳梗塞後遺症による高次機能障害と廃用症候群で要介護5の87歳のねたきりのおばあちゃんです。
はじめは二番目の娘さんの家で介護されていたのですが、順番で東京の末っ子の娘さんの家で介護されることになりました。
完全に寝たきりなのですが、それまで二番目の娘さんがマッサージが上手だったとのことで、それを引き継ぐ形で私が呼ばれてマッサージをやる形になりました。
Mさんは、目に意思があまり感じられず、失語症もあり、眠ってるときの方が多いです。
引き継がれた当初は、末っ子の娘さんも介護に気合が入っていて、24時間がんばってしまって、その結果娘さんの方が、1カ月後にダウン。風邪で寝込んでしまったようです。
施術は軽擦が中心で各関節拘縮予防のためのROM運動も少しずつ入れて行っています。施術回数を重ねてくると徐々に表情もわかってきて今日は調子よさそうだなあという日もでてきたりもします。
ある時私が施術に行くと、顔を真赤にして手が振るえて目をむき出しにしてた時があったので脈を数えたところものすごく速く、これは尋常ではないぞと思い娘さんに言ったところ、「そうかしらね、寝れてないのは確かみたいだけど・・・」と介護慣れしてきた時分でいつもこんなもんじゃなかったかしらなんて感じで受け答えされたんです。
その後すぐにお医者さんに連絡したところ、血圧がすごい高い状態にあって一晩中興奮状態を続けていた様子に近かかったと話されて、すぐに血圧を下げる薬を使ったらやっと、すやすやと眠られたそうで。
正直、ナボナの患者さん(以前にこのブログで{ナボナ}で書いた人)が亡くなった時期だったのホッとしました。
その後も、あまりいい表情は見せないMさんを施術しながら、今日は大丈夫かな?と思いながら行っていました。
ある時、ものすごく穏やかな表情を見せている時があったのでどうしたんだろう?と思って施術しているとその部屋に1番目の娘さんという人が「九州の方から出てきて2週間ほど泊って世話するんですよ。」と入ってきた。
その方に、「やっぱり、一番上のお姉ちゃんが来るとうれしいんですね、こんなに穏やかな表情のMさん初めてなんですよ。」と言うと「やっぱり、そうなのかあ〜、おかあちゃん、わかるんやね〜。」といつもなら、焦点の定まらない目になんとなく力が感じられるようでやっぱり感情も生きているんだなあと関心しました。
2週間して九州の方に帰られるとまたいつもの表情に戻ってしまったMさん。
そんなMさんの手は内在筋マイナス手ですごく変形している。もちあげると振るえが出るのでなるべく軽くふれる。親指も反りかえり、脳梗塞特有の拘縮ではない、いつもふれる度にうーんと唸ってしまうようなそんな手である。
先日、施術に訪れると、なんと福山雅治のニューアルバムがそこにあったので、介護している娘さんに「いいアルバムですよね?」ときくと「福山雅治のライブにもこの間行ってきたんですよ!!」と普段介護疲れしている表情から、パアーッと明るい表情に。
「どの曲が一番好きなんですか?」とたずねると「道標が好きです。」と答えた。
「道標!!」
やはり、どの娘さんもお母さんを愛してらっしゃるんだなあ!!
♪〜 わたしは その手がすきです
ただ毎日をまっすぐ生きて
わたしたちを育て旅立たせてくれた
あなたの その手が好きです
雨に打たれても土に触って
ひとつひとつ種を蒔く背中は
諦めた夢もきっとあるでしょう
だけど わたしには笑顔で・・・
愛に出逢い 愛を信じ 愛にやぶれて
愛を憎み 愛で赦し また愛を知る
風に吹かれ 迷いゆれて 生きるこの道
あなたの笑顔 それは道標
2009'08.02 (Sun) 21:11
福山雅治のニューアルバム「残響」をやたら聴きこんでいる。特に「最愛」は。
3曲目の「明日の☆SHOW」は、あの「あしたのジョー」をひっかけた歌で、それぞれ読者自身がその後のあしたのジョーを生きていく不器用な様を歌にしている。あの缶コーヒーのCMにも使われている歌だ。
マッサージを通じて私たちは介護現場の様々な人間関係や時には命のありようをまのあたりにしたり、そして生活の中において潤滑油のような役割をかかげながら施術を施させていただいている。
新しく入った先生方は、いわゆる営業活動において行動力にあふれていて、私にもよくわからない(私がそういった方面に不勉強ということもあるが・・・)事業所や介護にかかわる人々、カタカナ文字の役職の人など、彼らは勇気や敬意をもって接している。
たぶん、こういったいわゆる営業活動というのは、各自施術者が他の訪問マッサージではそれほどやられていないと思う。私も最初名刺を渡したり、事業所に飛び込みで挨拶するのが苦手だったなあ。
ショートステイという言葉すら知らなかったから、何をしゃべっていいかわからなくなるのも当然といえば当然である。
もちろん、デイサービスというシステムもよくわからなかったし、デイケアがどういうところが何をするかわかってきたのも最近のことである。
私たちの場合、基本的にその家庭に訪問してそちらのベッドやふとんをしいてもらってその場所で施術する。ただし、1週間に数回、訪問して筋力をつけてもらっていたり、ほぐしたり、緩めたりする患者さんがショートステイなどに行ったりするとADLがあまりよくない状態になって帰宅することもある。
(ショートステイ先の方々が悪いとは全然思ってないし、むしろ尊敬するご活躍である。)
そういった場合、本人、ケアマネさん、ご家族、ショートステイ先の事業所の許可をもらって施術に入る場合がある。そこで、施術することによって状態を維持することはできるからである。
そして、今回新しく入った先生方の営業アプローチのおかげでデイサービス先での施術を試みた。
I 先生がその施設のスタッフの方々とうまく交渉して、利用者さんの心もがっちりとつかんで同意書の問題などもクリアして順調のように思えた。
ただし、役所のいろいろな約束ごとによって、デイサービス中の施術というのはできないというのが結論となってしまった。(その前に役所の方にできるということは確認してあったのだが・・・。)
その間には、たくさんの話し合いやエネルギーを費やしていたようだ。
アバウトな約束ごとは、面倒でないほうにないほうに物事を移していくのがあちら様のやり方なんだなあと感じた出来事であった。
まあ、当たって砕けても何度でも、何度だって、立ち上がっていくのが、ウチの先生方なので頼もしくもあり、心配もしてないんですけどね。
(立て!!!た、立つんだ〜〜〜! I,T,K,M 先生!!)
4月に変わった要介護認定基準、もう、10月に修正されるのかあ・・・
要介護認定基準修正前の文:火の始末を忘れても本人が何も対応しなければ物忘れとみない
確かに・・・・・・・ 意味がわからない・・・。
♪〜僕のヒーローはどんなに辛く
苦しい時も自分にウソはつかなかったんだよ
憧れ描いた夢は、ちょっと違うけれど この場所で戦うよ
敗れたって何度でも立ち上がれ 明日の☆SHOW
3曲目の「明日の☆SHOW」は、あの「あしたのジョー」をひっかけた歌で、それぞれ読者自身がその後のあしたのジョーを生きていく不器用な様を歌にしている。あの缶コーヒーのCMにも使われている歌だ。
マッサージを通じて私たちは介護現場の様々な人間関係や時には命のありようをまのあたりにしたり、そして生活の中において潤滑油のような役割をかかげながら施術を施させていただいている。
新しく入った先生方は、いわゆる営業活動において行動力にあふれていて、私にもよくわからない(私がそういった方面に不勉強ということもあるが・・・)事業所や介護にかかわる人々、カタカナ文字の役職の人など、彼らは勇気や敬意をもって接している。
たぶん、こういったいわゆる営業活動というのは、各自施術者が他の訪問マッサージではそれほどやられていないと思う。私も最初名刺を渡したり、事業所に飛び込みで挨拶するのが苦手だったなあ。
ショートステイという言葉すら知らなかったから、何をしゃべっていいかわからなくなるのも当然といえば当然である。
もちろん、デイサービスというシステムもよくわからなかったし、デイケアがどういうところが何をするかわかってきたのも最近のことである。
私たちの場合、基本的にその家庭に訪問してそちらのベッドやふとんをしいてもらってその場所で施術する。ただし、1週間に数回、訪問して筋力をつけてもらっていたり、ほぐしたり、緩めたりする患者さんがショートステイなどに行ったりするとADLがあまりよくない状態になって帰宅することもある。
(ショートステイ先の方々が悪いとは全然思ってないし、むしろ尊敬するご活躍である。)
そういった場合、本人、ケアマネさん、ご家族、ショートステイ先の事業所の許可をもらって施術に入る場合がある。そこで、施術することによって状態を維持することはできるからである。
そして、今回新しく入った先生方の営業アプローチのおかげでデイサービス先での施術を試みた。
I 先生がその施設のスタッフの方々とうまく交渉して、利用者さんの心もがっちりとつかんで同意書の問題などもクリアして順調のように思えた。
ただし、役所のいろいろな約束ごとによって、デイサービス中の施術というのはできないというのが結論となってしまった。(その前に役所の方にできるということは確認してあったのだが・・・。)
その間には、たくさんの話し合いやエネルギーを費やしていたようだ。
アバウトな約束ごとは、面倒でないほうにないほうに物事を移していくのがあちら様のやり方なんだなあと感じた出来事であった。
まあ、当たって砕けても何度でも、何度だって、立ち上がっていくのが、ウチの先生方なので頼もしくもあり、心配もしてないんですけどね。
(立て!!!た、立つんだ〜〜〜! I,T,K,M 先生!!)
4月に変わった要介護認定基準、もう、10月に修正されるのかあ・・・
要介護認定基準修正前の文:火の始末を忘れても本人が何も対応しなければ物忘れとみない
確かに・・・・・・・ 意味がわからない・・・。
♪〜僕のヒーローはどんなに辛く
苦しい時も自分にウソはつかなかったんだよ
憧れ描いた夢は、ちょっと違うけれど この場所で戦うよ
敗れたって何度でも立ち上がれ 明日の☆SHOW






