2011'01.23 (Sun) 19:36
Kさんは町でも評判なケーキ屋さんで、何回も賞に選ばれたり行列のできるくらい美味しいケーキを作っていた方です。
とくにシフォンケーキは、絶品だったようで、お写真が部屋に飾ってありその下になんとか賞とかいてある。
とても、堅実に働くかたで朝の3時くらいまで働いて帰ってきて2,3時間くらいしか眠らないでまた、ケーキを焼きに行くという生活を何十年もしてきたようです。
さすがに、無理がたたってしまい脳梗塞で倒れてしまい入院、そして退院して右半身麻痺の言語障害が残った状態で在宅でのリハビリ生活が始まった。
ケアマネージャーさんが開いて頂いた担当者会議で作業療法士、言語療法士、理学療法士、看護師を交えて私も参加してリハビリに加わることになった。
その中でも、私の訪れる回数が一番多いのでなんとなく責任重大だなあと思いながら次々にKさんに課題を出させて頂いた。
もともと、前向きなKさんは取り組み方も熱心で、いつかまたケーキを作りたいという夢はお持ちになっていられるようだが現実もちゃんとわかってらっしゃっていて、まず、目の前のことをクリアしていくというふうに考えたようだ。
初めのころ、私に話しかけてくるのだが何をおっしゃっているのかよくわからず、奥さんを通訳にしてやっと何をいいたいかがわかったような状態でした。
Kさんの意思をもっと知りたくてと、利き手交換練習は病院でやっていたというので、例によって私との「連絡ノート」をつくることにした。「なんでもいいから、書いて下さいね。」と私がいうと少し困った顔をして苦笑いをしてたKさん本当は、嫌なんだろうなあと思っていた。「では、私もこのノートに左手で何か毎回一言書きますので楽な気持で書いて下さい。」と毎回、毎回二人して、ミミズにもならないのたうちまわる字がその連絡ノートには書き記していった。
特に、始めたころのKさんの文字は文になってなかったので読み取るのに大変苦労していたがそれでもなんとか、かろうじて読めたときには、OK!というスタンプを押したり、シールをはったりして連絡ノートは続いていった。
3ヶ月経った頃、それまで意味不明だったKさんの文が突如としてきちんとした文になった。「あれっ、文になってますね、がんばりましたね。」というと、Kさんが説明してくれた。これをやってるうちに昨日突如、知り合いの電話番号が頭の中に浮かび、それから次々といろいろなことが考えられるようになったとのこと。そしたら、文もつながって考える事ができるようになったんですよと言って頂いた。
そんなこんなで、私独自のリハビリ課題を次から次から出すもので、そのたびに1回、目を丸くして驚くKさん、仕方ないというよりもなんとか笑いながらついてきています。
そうそして、今年の年賀状は2枚ありがたいものがきていました。
一枚は、担当者会議でいっしょになった作業療法士や理学療法士の方々の一言が書いてあったもの。
そこには、「私の課題が一番手厳しく大変だとKさんが笑いながら楽しそうに話して下さいます」と書かれていて、なんともおはずかしような・・・。
そして、もう一枚はKさん一所懸命かいてくれたメッセージです。

先日、Kさんを施術していてどうもおかしいのできいてみるとこたつに入っていてうたたねしたら風邪をひいたらしいとのこと。
この時期のこたつでのうたたねは、まさにゴールデン・スランバー!!
みなさんも風邪に気をつけて、今年もよろしくお願いします。
よくなって、今日も良くなれ 明日も良くなれ by Kさん
とくにシフォンケーキは、絶品だったようで、お写真が部屋に飾ってありその下になんとか賞とかいてある。
とても、堅実に働くかたで朝の3時くらいまで働いて帰ってきて2,3時間くらいしか眠らないでまた、ケーキを焼きに行くという生活を何十年もしてきたようです。
さすがに、無理がたたってしまい脳梗塞で倒れてしまい入院、そして退院して右半身麻痺の言語障害が残った状態で在宅でのリハビリ生活が始まった。
ケアマネージャーさんが開いて頂いた担当者会議で作業療法士、言語療法士、理学療法士、看護師を交えて私も参加してリハビリに加わることになった。
その中でも、私の訪れる回数が一番多いのでなんとなく責任重大だなあと思いながら次々にKさんに課題を出させて頂いた。
もともと、前向きなKさんは取り組み方も熱心で、いつかまたケーキを作りたいという夢はお持ちになっていられるようだが現実もちゃんとわかってらっしゃっていて、まず、目の前のことをクリアしていくというふうに考えたようだ。
初めのころ、私に話しかけてくるのだが何をおっしゃっているのかよくわからず、奥さんを通訳にしてやっと何をいいたいかがわかったような状態でした。
Kさんの意思をもっと知りたくてと、利き手交換練習は病院でやっていたというので、例によって私との「連絡ノート」をつくることにした。「なんでもいいから、書いて下さいね。」と私がいうと少し困った顔をして苦笑いをしてたKさん本当は、嫌なんだろうなあと思っていた。「では、私もこのノートに左手で何か毎回一言書きますので楽な気持で書いて下さい。」と毎回、毎回二人して、ミミズにもならないのたうちまわる字がその連絡ノートには書き記していった。
特に、始めたころのKさんの文字は文になってなかったので読み取るのに大変苦労していたがそれでもなんとか、かろうじて読めたときには、OK!というスタンプを押したり、シールをはったりして連絡ノートは続いていった。
3ヶ月経った頃、それまで意味不明だったKさんの文が突如としてきちんとした文になった。「あれっ、文になってますね、がんばりましたね。」というと、Kさんが説明してくれた。これをやってるうちに昨日突如、知り合いの電話番号が頭の中に浮かび、それから次々といろいろなことが考えられるようになったとのこと。そしたら、文もつながって考える事ができるようになったんですよと言って頂いた。
そんなこんなで、私独自のリハビリ課題を次から次から出すもので、そのたびに1回、目を丸くして驚くKさん、仕方ないというよりもなんとか笑いながらついてきています。
そうそして、今年の年賀状は2枚ありがたいものがきていました。
一枚は、担当者会議でいっしょになった作業療法士や理学療法士の方々の一言が書いてあったもの。
そこには、「私の課題が一番手厳しく大変だとKさんが笑いながら楽しそうに話して下さいます」と書かれていて、なんともおはずかしような・・・。
そして、もう一枚はKさん一所懸命かいてくれたメッセージです。

先日、Kさんを施術していてどうもおかしいのできいてみるとこたつに入っていてうたたねしたら風邪をひいたらしいとのこと。
この時期のこたつでのうたたねは、まさにゴールデン・スランバー!!
みなさんも風邪に気をつけて、今年もよろしくお願いします。
よくなって、今日も良くなれ 明日も良くなれ by Kさん
2010'11.28 (Sun) 17:38
在宅リハビリマッサージをケアマネージャーさんに依頼されたとき次のようなケースがある。
介護してる方や患者さんがとにかく人を受け入れることをあまり好きではなくヘルパーさんやデイサービスの利用を全くしようとしない方がいる。とにかく、人との関係をあまりとりたくないケースである。
ケアマネージャーさんに話をうかがうと、ではマッサージはいかがですかと患者さんに聞くと「マッサージ!!・ねえ・・・」と他の返事と違い悪くない前向きな反応をして頂けるらしい。ケアマネージャーさん曰く、ヘルパーもデイも利用しないあの牙城をまず、マッサージをもって先陣をきってきりくずしてもらいたいという期待が少しはあるみたいで、電話口から伝わってくる。
Kさんは脳梗塞後遺症の92歳の女性の方である。初めは自分のベットまわりを他人にみせたくなかったようだが、施術2回目あたりからは、悪いやつではないらしいとわかってくれてベットにとおしてくれるようになった。
話は少し変わるがうちのグループでは今年の2月からラクエルデイサービスという機能回復訓練型のデイサービスもスタートさせた。だいたいのメニューをみると体操やって介護整体やってみんなでお話といういうような感じでやってると思われ(実際にはラクエルのメニューを通してみたことがないが自分が施術してる患者さんからのお話をきくとそんな流れらしい。)けっこう評判がよい。
ならばと、ラクエルの流れをしばし自分の中で考えてみて、流れをとりいれてみることにした。Kさんには、最初集中的に腰の施術をしてから、次に手の体操、足の体操という流れを作っていき、最後は座位でマッサージし、お話しながらの頭の体操を組み込んでいった。頭の体操といっても、ことわざや数の数え方、お手玉の歌などをやってもらうのだが、少し間違えるとKさんゲラゲラとわらう。介護している娘さん曰く、本来は頑固な性格でああいったものはめんどくさくてやらないはずなんですけどね・・・。
最近では、Kさんに「今度は、いつ来るの?」と帰り際に言ってもらえる。
ケアマネジャーさん、牙城はなかなかきりくずれないですが、先陣のみでなんとか奮闘はしてますよ。
龍馬伝が本日いよいよクライマックス!1年間本当に楽しませてもらいました。先週発売された「THE BEST BANG」から新曲心colorの歌詞から現在の心境です。
♪〜
目の前にあるこの仕事って自分のためだけに見えるけど
知らずに誰かを笑顔にすることがあるかもしれない
そうやって誰も見てなくても自分なりにきめたハードルを
少しずつ高く飛べるようになったら
介護してる方や患者さんがとにかく人を受け入れることをあまり好きではなくヘルパーさんやデイサービスの利用を全くしようとしない方がいる。とにかく、人との関係をあまりとりたくないケースである。
ケアマネージャーさんに話をうかがうと、ではマッサージはいかがですかと患者さんに聞くと「マッサージ!!・ねえ・・・」と他の返事と違い悪くない前向きな反応をして頂けるらしい。ケアマネージャーさん曰く、ヘルパーもデイも利用しないあの牙城をまず、マッサージをもって先陣をきってきりくずしてもらいたいという期待が少しはあるみたいで、電話口から伝わってくる。
Kさんは脳梗塞後遺症の92歳の女性の方である。初めは自分のベットまわりを他人にみせたくなかったようだが、施術2回目あたりからは、悪いやつではないらしいとわかってくれてベットにとおしてくれるようになった。
話は少し変わるがうちのグループでは今年の2月からラクエルデイサービスという機能回復訓練型のデイサービスもスタートさせた。だいたいのメニューをみると体操やって介護整体やってみんなでお話といういうような感じでやってると思われ(実際にはラクエルのメニューを通してみたことがないが自分が施術してる患者さんからのお話をきくとそんな流れらしい。)けっこう評判がよい。
ならばと、ラクエルの流れをしばし自分の中で考えてみて、流れをとりいれてみることにした。Kさんには、最初集中的に腰の施術をしてから、次に手の体操、足の体操という流れを作っていき、最後は座位でマッサージし、お話しながらの頭の体操を組み込んでいった。頭の体操といっても、ことわざや数の数え方、お手玉の歌などをやってもらうのだが、少し間違えるとKさんゲラゲラとわらう。介護している娘さん曰く、本来は頑固な性格でああいったものはめんどくさくてやらないはずなんですけどね・・・。
最近では、Kさんに「今度は、いつ来るの?」と帰り際に言ってもらえる。
ケアマネジャーさん、牙城はなかなかきりくずれないですが、先陣のみでなんとか奮闘はしてますよ。
龍馬伝が本日いよいよクライマックス!1年間本当に楽しませてもらいました。先週発売された「THE BEST BANG」から新曲心colorの歌詞から現在の心境です。
♪〜
目の前にあるこの仕事って自分のためだけに見えるけど
知らずに誰かを笑顔にすることがあるかもしれない
そうやって誰も見てなくても自分なりにきめたハードルを
少しずつ高く飛べるようになったら
2010'08.30 (Mon) 00:08
中学生になったころから、私のまわりの友達は野球とプロレスの話題が大好きだった。中学生なりに生意気にもいろいろな知識がついてきて例えばプロレスなら小学生時代は「最強なのは誰か?」だったのが、いつのまに各団体の色やくせなど話し合ったり、対戦カードをみると同時にレフリーをみてああこのカードは両者リングアウトの引き分けにおわるよなどと、ちょっとした知識を得ては話をするような環境にいた。野球なんかはもう知識の洪水をおこすようなやつがいて、そいつに「最近あの選手の打率おちてるみたいだけど、なんかあったのかな?」ときくと「肩だよ、肩。左肩がバッティングフォームをつくるとき下がってるでしょ、毎年なんだ夏になるとばて気味になってフォームが保てなくなるんだよね、秋になるとまた調子が上がってくると思うよ。」といっぱしの解説者きどりでしゃべりまくるのがいてずっとしゃべっていても全然あきなかった。
だから、今でも野球の話やスポーツの話が大好きである。
Mさんを紹介されたときカルテにはC型の肝炎末期と書かれていた。担当医にもとりあえず1か月限定の同意期間といわれ、いろんな意味で覚悟をしながらMさんの家に訪れた。寝たきりを想定してたのだが、チャイムをならすと家政婦さんのような人がでてきたので、「Mさんはいらっしゃいますか?」と聞くと「私です。」と答えたのであれ?確か末期ってかいてあったよなあ・・・、と思いながらも軽めのマッサージを始めた。
後で、Mさんがおっしゃったのにはマッサージのイメージはもっとごつい人が来て、ゴリゴリと少し痛めにやられるもんだと思っていたとゲラゲラ笑って話してくれた。
そのイメージが私のマッサージを受けることによって覆ったとたん初めてにもかかわらずガーガーいびきをたてはじめた。途中から初めてだからといって様子をみにきたケアマネさんも壁に背をもたれながら、スースーと寝てしまった。
カルテに書いてあったものを見ていろんな意味での私の覚悟とはいったい・・・?と思いながらも最初のMさんの施術がはじまった。
私の施術を始めてからそれまで入院をずっと繰り返してたのが、なぜかわからないがピタリと止まった。同意をしてくれていた医者もなんだか不思議だが数値がよくなってると首をかしげていたらしい。
1か月限定の同意も2か月3ヶ月、やがて1年とどんどん更新していった。
病気のせいで食事制限があり、甘いものもしょっぱいものも食べられないでテレビのグルメレポーターが何かを食べようとすると頭にきてテレビを消してしまうともおっしゃっていた。食べ物の話はよく出ていて、そばを食べる時にそばつゆの中にたっぷりとそばをつけて、一度でいいから食べたいという話は20回くらいはしたような気がする。
そんなMさんの家にある日訪問したとき、「テレビをみながらマッサージをうけていいですか」と聞いてきたので「何をみるんですか?」とこっちもそわそわしながらきいてみたら、「WBCを見たいんです。」というので「いいですよ!!!」と即答。こちらも実は見たくて見たくて見たくてと思っていたところ。
試合は日本VS韓国のイチローが復活したあの試合。Mさんが「あのアゴがでていておかしな顔をしてる選手がかわいくて気にいってる。」というのでみると「ああ、この選手は横浜の内川っていうんですよ。」とここで止まればよいのだが、中学以来のスポーツ好きがついついでてしまう、「確か、大分出身でドラフト1位で横浜に入ってきて首位打者1回、最高出塁率1回、最多安打1回、ベストナイン2回とっていて、満塁での打率が5割をこえているすごくいい選手なんですよ。」とペラペラとしゃべったもんだから、Mさんもびっくり。
「やけに、お詳しいですね。先生も見たかったんじゃないですか?」といわれ二人でゲラゲラ笑っていた。
そんなMさんも今年に入って少し体の調子がよくないというのでまた入退院を繰り返してきた。
退院するとすぐにでもマッサージをうけたいというので訪問をしていた。その中でも内川の話はよくでてきていた。
退院してきて、マッサージをしにチャイムをならすと笑いながらMさんが出てきたのでどうしたのかと聞くと実は内緒でおせんべいを食べてたそうで・・・。(うーん、少しくらいなら、いいのかな・・・?私には内緒でないのはいったい?)
それからまたすぐ6月に入院したので、陽気がよくなるまでは病院にいた方がいいのかなと思いつつ1か月たったので、ケアマネさんにMさんの様子はどうですか?と聞きに行った。Mさんの名前を出すやいなやケアマネさんの顔がゆがんでいった。
「えっ、私お知らせするの忘れてたの? Mさん亡くなったんですよ。」「はい・・・?い、いつですか?」
「1カ月前に入院してその二日後に。あら〜、私あなたにだけお知らせするの忘れてんだわ〜、本当にごめんなさいね〜。」といわれ、なんとも複雑な気持ちになった。
お知らせがこなかったことなんか二の次で、Mさんが亡くなっていたことと1か月の時間差があるということ。
いまだに、Mさんの家の近くに行くとまだいらっしゃるんじゃないかと思うくらい長く施術させてもらっていたんだと。そしていまになってようやく、最初のカルテになんて書いてあったっけ? と考えることができるようになった。
Mさん、内川は今打率・306でセ・リーグ9位の成績ですよ!
だから、今でも野球の話やスポーツの話が大好きである。
Mさんを紹介されたときカルテにはC型の肝炎末期と書かれていた。担当医にもとりあえず1か月限定の同意期間といわれ、いろんな意味で覚悟をしながらMさんの家に訪れた。寝たきりを想定してたのだが、チャイムをならすと家政婦さんのような人がでてきたので、「Mさんはいらっしゃいますか?」と聞くと「私です。」と答えたのであれ?確か末期ってかいてあったよなあ・・・、と思いながらも軽めのマッサージを始めた。
後で、Mさんがおっしゃったのにはマッサージのイメージはもっとごつい人が来て、ゴリゴリと少し痛めにやられるもんだと思っていたとゲラゲラ笑って話してくれた。
そのイメージが私のマッサージを受けることによって覆ったとたん初めてにもかかわらずガーガーいびきをたてはじめた。途中から初めてだからといって様子をみにきたケアマネさんも壁に背をもたれながら、スースーと寝てしまった。
カルテに書いてあったものを見ていろんな意味での私の覚悟とはいったい・・・?と思いながらも最初のMさんの施術がはじまった。
私の施術を始めてからそれまで入院をずっと繰り返してたのが、なぜかわからないがピタリと止まった。同意をしてくれていた医者もなんだか不思議だが数値がよくなってると首をかしげていたらしい。
1か月限定の同意も2か月3ヶ月、やがて1年とどんどん更新していった。
病気のせいで食事制限があり、甘いものもしょっぱいものも食べられないでテレビのグルメレポーターが何かを食べようとすると頭にきてテレビを消してしまうともおっしゃっていた。食べ物の話はよく出ていて、そばを食べる時にそばつゆの中にたっぷりとそばをつけて、一度でいいから食べたいという話は20回くらいはしたような気がする。
そんなMさんの家にある日訪問したとき、「テレビをみながらマッサージをうけていいですか」と聞いてきたので「何をみるんですか?」とこっちもそわそわしながらきいてみたら、「WBCを見たいんです。」というので「いいですよ!!!」と即答。こちらも実は見たくて見たくて見たくてと思っていたところ。
試合は日本VS韓国のイチローが復活したあの試合。Mさんが「あのアゴがでていておかしな顔をしてる選手がかわいくて気にいってる。」というのでみると「ああ、この選手は横浜の内川っていうんですよ。」とここで止まればよいのだが、中学以来のスポーツ好きがついついでてしまう、「確か、大分出身でドラフト1位で横浜に入ってきて首位打者1回、最高出塁率1回、最多安打1回、ベストナイン2回とっていて、満塁での打率が5割をこえているすごくいい選手なんですよ。」とペラペラとしゃべったもんだから、Mさんもびっくり。
「やけに、お詳しいですね。先生も見たかったんじゃないですか?」といわれ二人でゲラゲラ笑っていた。
そんなMさんも今年に入って少し体の調子がよくないというのでまた入退院を繰り返してきた。
退院するとすぐにでもマッサージをうけたいというので訪問をしていた。その中でも内川の話はよくでてきていた。
退院してきて、マッサージをしにチャイムをならすと笑いながらMさんが出てきたのでどうしたのかと聞くと実は内緒でおせんべいを食べてたそうで・・・。(うーん、少しくらいなら、いいのかな・・・?私には内緒でないのはいったい?)
それからまたすぐ6月に入院したので、陽気がよくなるまでは病院にいた方がいいのかなと思いつつ1か月たったので、ケアマネさんにMさんの様子はどうですか?と聞きに行った。Mさんの名前を出すやいなやケアマネさんの顔がゆがんでいった。
「えっ、私お知らせするの忘れてたの? Mさん亡くなったんですよ。」「はい・・・?い、いつですか?」
「1カ月前に入院してその二日後に。あら〜、私あなたにだけお知らせするの忘れてんだわ〜、本当にごめんなさいね〜。」といわれ、なんとも複雑な気持ちになった。
お知らせがこなかったことなんか二の次で、Mさんが亡くなっていたことと1か月の時間差があるということ。
いまだに、Mさんの家の近くに行くとまだいらっしゃるんじゃないかと思うくらい長く施術させてもらっていたんだと。そしていまになってようやく、最初のカルテになんて書いてあったっけ? と考えることができるようになった。
Mさん、内川は今打率・306でセ・リーグ9位の成績ですよ!
2010'06.27 (Sun) 19:58
むしむしする梅雨に入ってしまっている。今年は4月5月が寒かったり雨が多かったので体調をくずす方が多く、またもや今月亡くなられた患者さんがでてしまった。亡くなった患者さんのことばかり書くとなんだか暗いブログになってしまうので今回は別のことを。
SKさんは脳梗塞後遺症の患者さん。悪くなったのは目ぐらいで体はいたって丈夫なんですが、とにかく忘れっぽいのでこれも後遺症の中に入るのかなあ・・・?と思いながら、SKさんを施術している。
ケアマネージャーさんの紹介で本来はSKさんの奥さんを在宅マッサージの対象としていた。体験マッサージというものが無料だというので、「おれにもやってくれよ!」とSKさんにいわれ、対象の奥さんからも「お父さんもやってもらいなさいよ。」といわれ、とりあえず断れないながれに。
私の方もお体が大変重い患者さんばかりを施術していたので、たまにはいいかなと思いSKさんに一般操作、特別操作をここぞとばかりにとりいれて施術。
後日、SKさんの奥様からは「自分が思っていたより時間が短いので今回はお断りということで。」という返事がきたのでまあ仕方ないなと思いながらSKさん夫妻のことはとりあえずおいとくことに。
SKさんから連絡がきたのはそれから2か月後のこと。事務所に電話があり、「SKさんってかたが、マッサージを受けたいから今すぐきてくれ。」という内容の連絡。事務所で電話を受けてくれた先生がメールで心当たりありますか?と聞いてきたので、「たぶんあの方だと思います。」返事をして、SKさんに連絡。
SKさん曰く電話一本で予約のとれるいわゆるマッサージ屋さんだと思っていて、こちらの立場をまた一から説明することに。
「よーし、わかった。ようはその同意書っていうのを医者からもらってくりゃーいいんだろ!!」というので、こちらも「まあそうですね、お医者さまが同意書を書いてくれるなら施術を予定に組み入れます。」と言って、こんな元気な患者に医者が同意書を書かないだろうなあと思いつつ同意書の用紙をお渡しした。
2日くらいたって、連絡がきた。「ほれ、近所の昔から行ってる医者に頼んだらその場で書いてくれたよ。」といいながら確かに同意書が出来上がってきた。
それから、週2日のペースで施術することに決めたのだが、これがSKさんの部屋のカレンダーに予定を書き込もうがなにしようがとにかく忘れてしまう。ちゃんと約束の時間に行ってもまるで初めて会うかのような顔をされ、「マッサージですよ。」というと「おお、そうだった、そうだった。すっかり忘れちゃってて今からボーリング行こうと着替えてたところなんだよ。」といわれたり、何度玄関のブザーをならしても誰もでてこないから、後日聞いてみると「ああ、悪かったなあ。昨日はスナックにカラオケ歌いに行っちゃったんだよ。」となんともがっかりの返事。
なので、SKさんの家にいくときは今日は居てくれればいいなあと思いながらやってきてもう2年、最近は本当に目が悪くなっていて外出することも難しくなり、ちゃんと居てくれるようにはなってきた。(それでも、ボーリングの玉をもう少し軽いのにしようかな?なんて言っている。)
SKさんは、私がやっている患者さんの状態について時々聞いてくるのだが、だいたい返事が「そんななっちゃったら死なせてやった方がいいよ、「しも」のお世話になるくらいならなら死んじゃった方がましだね。」とかなかなかきびしいことを言ってくる。
ひとつだけ、SKさんからは教わったおまじないがある。よっぽど「しも」の世話をされるのがいやなんだろうなあ。「しも」のお世話にならないで、ポックリいくおまじないだそうです。興味がある人はやってみて下さい。
お彼岸の午前中、普段から自分がはいてるパンツを(新品はダメ)洗濯して、すぐには乾かないので、アイロンをかけて乾かし、それにのし袋をつけて、タンスの一番下に丁寧に置いておく。そうすると、「しも」の世話にならずにポックリいけるそうです。
ちなみに、「SKさんはやってみたんですか?」と聞いたところ「そんなのめんどくさくて、やってねーよ。」とのことです。
むしますなあ・・・。
SKさんは脳梗塞後遺症の患者さん。悪くなったのは目ぐらいで体はいたって丈夫なんですが、とにかく忘れっぽいのでこれも後遺症の中に入るのかなあ・・・?と思いながら、SKさんを施術している。
ケアマネージャーさんの紹介で本来はSKさんの奥さんを在宅マッサージの対象としていた。体験マッサージというものが無料だというので、「おれにもやってくれよ!」とSKさんにいわれ、対象の奥さんからも「お父さんもやってもらいなさいよ。」といわれ、とりあえず断れないながれに。
私の方もお体が大変重い患者さんばかりを施術していたので、たまにはいいかなと思いSKさんに一般操作、特別操作をここぞとばかりにとりいれて施術。
後日、SKさんの奥様からは「自分が思っていたより時間が短いので今回はお断りということで。」という返事がきたのでまあ仕方ないなと思いながらSKさん夫妻のことはとりあえずおいとくことに。
SKさんから連絡がきたのはそれから2か月後のこと。事務所に電話があり、「SKさんってかたが、マッサージを受けたいから今すぐきてくれ。」という内容の連絡。事務所で電話を受けてくれた先生がメールで心当たりありますか?と聞いてきたので、「たぶんあの方だと思います。」返事をして、SKさんに連絡。
SKさん曰く電話一本で予約のとれるいわゆるマッサージ屋さんだと思っていて、こちらの立場をまた一から説明することに。
「よーし、わかった。ようはその同意書っていうのを医者からもらってくりゃーいいんだろ!!」というので、こちらも「まあそうですね、お医者さまが同意書を書いてくれるなら施術を予定に組み入れます。」と言って、こんな元気な患者に医者が同意書を書かないだろうなあと思いつつ同意書の用紙をお渡しした。
2日くらいたって、連絡がきた。「ほれ、近所の昔から行ってる医者に頼んだらその場で書いてくれたよ。」といいながら確かに同意書が出来上がってきた。
それから、週2日のペースで施術することに決めたのだが、これがSKさんの部屋のカレンダーに予定を書き込もうがなにしようがとにかく忘れてしまう。ちゃんと約束の時間に行ってもまるで初めて会うかのような顔をされ、「マッサージですよ。」というと「おお、そうだった、そうだった。すっかり忘れちゃってて今からボーリング行こうと着替えてたところなんだよ。」といわれたり、何度玄関のブザーをならしても誰もでてこないから、後日聞いてみると「ああ、悪かったなあ。昨日はスナックにカラオケ歌いに行っちゃったんだよ。」となんともがっかりの返事。
なので、SKさんの家にいくときは今日は居てくれればいいなあと思いながらやってきてもう2年、最近は本当に目が悪くなっていて外出することも難しくなり、ちゃんと居てくれるようにはなってきた。(それでも、ボーリングの玉をもう少し軽いのにしようかな?なんて言っている。)
SKさんは、私がやっている患者さんの状態について時々聞いてくるのだが、だいたい返事が「そんななっちゃったら死なせてやった方がいいよ、「しも」のお世話になるくらいならなら死んじゃった方がましだね。」とかなかなかきびしいことを言ってくる。
ひとつだけ、SKさんからは教わったおまじないがある。よっぽど「しも」の世話をされるのがいやなんだろうなあ。「しも」のお世話にならないで、ポックリいくおまじないだそうです。興味がある人はやってみて下さい。
お彼岸の午前中、普段から自分がはいてるパンツを(新品はダメ)洗濯して、すぐには乾かないので、アイロンをかけて乾かし、それにのし袋をつけて、タンスの一番下に丁寧に置いておく。そうすると、「しも」の世話にならずにポックリいけるそうです。
ちなみに、「SKさんはやってみたんですか?」と聞いたところ「そんなのめんどくさくて、やってねーよ。」とのことです。
むしますなあ・・・。
2010'04.11 (Sun) 22:09
移動の合間に、少し休憩していたら携帯が振動している。電話にでると、「無事退院してきたので、また来週からSさんのマッサージお願いします。」とある介護住宅の受付の方からだった。
「Sさん無事退院してきたんだ、よかったなあ!!」
冬から春への寒暖の激しさで3月から4月にかけて私がうけもってる患者さんの体調が悪くなり次から次へと入院となってしまった。血圧が高くなってしまったり、心筋梗塞になってしまったり、C型肝炎末期のかたも調子が悪くなかなか退院がきまらない、そしてSさんは肺炎を少しこじらせたようで入院してしまった。
偶然にもSさんともう一人の患者さんが同じ病院に入院していたので二人の様子はどんなもんだろうと、お見舞いに行ってきたのは先々週であった。
Sさんは男性で脳梗塞後遺症により失語症になり、寝たきりで胃ろうをしている状態である。介護住宅に住んでいて、考える力や意思はあるのでそこの看護師さんやスタッフがSさんの好きな音楽をよく部屋に流していたり、テレビがついていたりする。
痰の切れが悪くいつでもごろごろと喉をならしていて、それをご本人がコントロールするのに神経を集中させているのがいつもの日常になっている。
最初のころは、はたしてどこの部位をやればよいのだろうか?本人は何を望んでているのだろうか?さっぱりわからず、私が足にふれただけで、「ハイイイイイーー!!」と大きな声をあげられたりしたので、怖くなり、看護婦さんに「Sさんは、大丈夫ですか?」と聞きに行くと「大丈夫、大丈夫、だいたいあんな状態ですから」と言われ、とにかくいろいろ慣れなきゃいけないと覚悟したことがある。
施術しながら、いろいろな部位をやっているうちに肩から頸がすごく固くなっていてここを緩めるともしかしたら、気持ちいいかもしれないとやりはじめたら、やはり気持ち良いようで手の中に体重をあずけてくれるようになった。
テレビ番組もテレビがつけっぱなしなので「Sさんの好きそうな番組に変えますね。」と言ってお顔をみると「うん」という顔をしたので相撲やドラマに変えたりして、だんだんとSさんと仲良くなっていった。Sさんの娘さんからお話をきいたのだが、まだSさんが元気なころ、家のテーブルにメモ書きが残されていて、そこには{相模に行ってきます}と書かれていて親戚が相模にいたもんだから、何か不幸なことでも起きたのかと夜まで心配していたら、そこへお酒を飲んで上機嫌になったSさんが帰ってきたので、何かあったのかと聞くと、「何にもないよ、相撲を見に行ってたんだよ、メモに書いてあったろ!」っていうから、この字はさがみですよといって家じゅう大笑いしたと言ってくれたこともあった。
週4回施術に行っていてもう2年にもなるのだから、いろいろなことがわかってくる。あるドラマをみてるときその若い女優さんのことをじっっとみている。たまたまかなと思ってよく観察しているとその若い女優さんが画面から消えるとテレビから目線が外れる。
その女優さんのときだけは、ちゃんとみる。他の若い女優さんには興味がないらしい。
そのことを娘さんに話すと「80歳にもなって、いくつになっても男は若い女がいいのかしら?」とぼやいていた。
そして、今回お見舞いに行った際、その女優さんの写真をプリントアウトして持って行ってみせてあげた。「Sさん、いいもの持ってきましたよ。はい、綾瀬はるかの写真。」
目を丸くして見ていたSさん。早く退院してくださいねとその場を立ち去り、もう一人入院してる患者さんにプロ野球名鑑をお土産にむかった。
明日から、Sさんのマッサージが再開するはずだった。でも、再開してくださいねといわれた翌日Sさんは亡くなってしまった。その知らせを聞いたのはあちこち患者さんの家に行って事務所に帰ってからN先生に「メールみました?」ときかれ「何かありました?」と聞くと「今朝容体が急変してSさん亡くなったんですよ。」
「・・・・・」言葉を失いました。
翌日、まだ半分信じられない気分でその介護住宅に向かい、Sさんに会いに行きました。
いつもどおり、部屋をあけ「こんにちは、Sさん」と声をかけると、ベッドの上に白い布をかぶっているSさんがいました。
布を外すと、きれいな顔をしたSさんが出てきたので「Sさん、やっと楽になれましたね〜、2年間も私の下手なマッサージ受けてくれて・・・」涙がぼろぼろでてきました。
ぐしゃぐしゃになっている顔をしてるところに一人じゃ怖くて部屋に入れない女性スタッフが突然入ってきたので、あわてて顔をハンカチでぬぐって手を合わせてお別れをしてきました。
Sさんが握手してもらった写真が飾ってあった大好きな菅原洋一の曲です。
♪〜今日でお別れね もう逢えない あなたも涙を 見せてほしい
何も云わないで 気安めなど こみあげる涙は こみあげる涙は
言葉にならない さようなら さようなら
追伸 「のりさん、Sさん亡くなっちゃいましたよ!!」
「Sさん無事退院してきたんだ、よかったなあ!!」
冬から春への寒暖の激しさで3月から4月にかけて私がうけもってる患者さんの体調が悪くなり次から次へと入院となってしまった。血圧が高くなってしまったり、心筋梗塞になってしまったり、C型肝炎末期のかたも調子が悪くなかなか退院がきまらない、そしてSさんは肺炎を少しこじらせたようで入院してしまった。
偶然にもSさんともう一人の患者さんが同じ病院に入院していたので二人の様子はどんなもんだろうと、お見舞いに行ってきたのは先々週であった。
Sさんは男性で脳梗塞後遺症により失語症になり、寝たきりで胃ろうをしている状態である。介護住宅に住んでいて、考える力や意思はあるのでそこの看護師さんやスタッフがSさんの好きな音楽をよく部屋に流していたり、テレビがついていたりする。
痰の切れが悪くいつでもごろごろと喉をならしていて、それをご本人がコントロールするのに神経を集中させているのがいつもの日常になっている。
最初のころは、はたしてどこの部位をやればよいのだろうか?本人は何を望んでているのだろうか?さっぱりわからず、私が足にふれただけで、「ハイイイイイーー!!」と大きな声をあげられたりしたので、怖くなり、看護婦さんに「Sさんは、大丈夫ですか?」と聞きに行くと「大丈夫、大丈夫、だいたいあんな状態ですから」と言われ、とにかくいろいろ慣れなきゃいけないと覚悟したことがある。
施術しながら、いろいろな部位をやっているうちに肩から頸がすごく固くなっていてここを緩めるともしかしたら、気持ちいいかもしれないとやりはじめたら、やはり気持ち良いようで手の中に体重をあずけてくれるようになった。
テレビ番組もテレビがつけっぱなしなので「Sさんの好きそうな番組に変えますね。」と言ってお顔をみると「うん」という顔をしたので相撲やドラマに変えたりして、だんだんとSさんと仲良くなっていった。Sさんの娘さんからお話をきいたのだが、まだSさんが元気なころ、家のテーブルにメモ書きが残されていて、そこには{相模に行ってきます}と書かれていて親戚が相模にいたもんだから、何か不幸なことでも起きたのかと夜まで心配していたら、そこへお酒を飲んで上機嫌になったSさんが帰ってきたので、何かあったのかと聞くと、「何にもないよ、相撲を見に行ってたんだよ、メモに書いてあったろ!」っていうから、この字はさがみですよといって家じゅう大笑いしたと言ってくれたこともあった。
週4回施術に行っていてもう2年にもなるのだから、いろいろなことがわかってくる。あるドラマをみてるときその若い女優さんのことをじっっとみている。たまたまかなと思ってよく観察しているとその若い女優さんが画面から消えるとテレビから目線が外れる。
その女優さんのときだけは、ちゃんとみる。他の若い女優さんには興味がないらしい。
そのことを娘さんに話すと「80歳にもなって、いくつになっても男は若い女がいいのかしら?」とぼやいていた。
そして、今回お見舞いに行った際、その女優さんの写真をプリントアウトして持って行ってみせてあげた。「Sさん、いいもの持ってきましたよ。はい、綾瀬はるかの写真。」
目を丸くして見ていたSさん。早く退院してくださいねとその場を立ち去り、もう一人入院してる患者さんにプロ野球名鑑をお土産にむかった。
明日から、Sさんのマッサージが再開するはずだった。でも、再開してくださいねといわれた翌日Sさんは亡くなってしまった。その知らせを聞いたのはあちこち患者さんの家に行って事務所に帰ってからN先生に「メールみました?」ときかれ「何かありました?」と聞くと「今朝容体が急変してSさん亡くなったんですよ。」
「・・・・・」言葉を失いました。
翌日、まだ半分信じられない気分でその介護住宅に向かい、Sさんに会いに行きました。
いつもどおり、部屋をあけ「こんにちは、Sさん」と声をかけると、ベッドの上に白い布をかぶっているSさんがいました。
布を外すと、きれいな顔をしたSさんが出てきたので「Sさん、やっと楽になれましたね〜、2年間も私の下手なマッサージ受けてくれて・・・」涙がぼろぼろでてきました。
ぐしゃぐしゃになっている顔をしてるところに一人じゃ怖くて部屋に入れない女性スタッフが突然入ってきたので、あわてて顔をハンカチでぬぐって手を合わせてお別れをしてきました。
Sさんが握手してもらった写真が飾ってあった大好きな菅原洋一の曲です。
♪〜今日でお別れね もう逢えない あなたも涙を 見せてほしい
何も云わないで 気安めなど こみあげる涙は こみあげる涙は
言葉にならない さようなら さようなら
追伸 「のりさん、Sさん亡くなっちゃいましたよ!!」







